前回のブログで「ステップアップには正しい判断ができるようになるということも含まれる」というような内容を記述しましたが、単に、自分が成長するというだけの意味ではなく、様々なことにも通じると思うんです。
「イメージの削除」
「新しい見地」
継続している状況は、つい概念的に捉えがちですが、状況は気づかぬうちに変化していることが多いようです。
例えば、娘との接し方。
彼女はまだ~だから、~な接し方で上手くいっている。
そんなふうに思っていましたが、先日の個人面談で、私の知らない娘の姿を聞かされ、「人も変化している」ということを改めて認識しました。
子どもの場合はそれを「成長」と呼ぶのでしょうが、大人の場合は単に変化を成長というのはムリがあり、良くも悪くも変化するのが人間ですよね。
そして、善悪両方混在するのも。
嘘がつけないと矛盾が多くなる。
だってどっちも本当だから。
人はそんな思いの中から無意識に選択しながら動向を決めているのかもしれないですね。
娘へのアプローチの仕方を少し変えなければいけない時期に差し掛かっているみたいです。
そんなことを何度か繰り返して、子どもと共に親も成長していくのでしょうね。
子どもの場合は「それ」が必ずやってきますし、親もそれなりに心積もりはしているので、変化にまったく気づかないということは殆どないと思いますが、自分を取り巻く大人の場合は、なかなかそうはいかないようです。
大人の場合はある程度完成されていますし、継続して存在しているので、固定観念(イメージ)が強すぎて、変化になかなか気づけないことがあるように感じます。
「この人はこういう人」
そのイメージはなかなか消えないようです。
たとえ、1回でも嘘つきだと思われると、その後でどんなに正直に行動してもなかなか嘘つきのイメージは消し去られない。
逆のパターンも同じで、今まで頑張りやさんで不平不満を言わない人だった場合、その後、少しずつ変化をして、いつの間にか不平や不満ばかりを言っていたとしても、1度ついた「頑張りやさん」のイメージはなかなか崩れずにいるものなのかもしれないですね。
DVなどもそれが原因のようです。
どんなにひどい暴力を受けても、時々見せる「やさしさ」や、以前のやさしかったイメージがなかなか抜けずに現実を正しく捉えることができない。
そこにはもしかしたら、「情」なども存在するのかもしれませんが、長引くと大事になってしまうことも多いですよね。
なので、冷静に現実を見極めるためにも、イメージの「削除」が必要なのだと思います。
「削除」をするには、勢いや勇気が必要なのかもしれませんが、決して否定的なことだとは私は思いません。
前に進むための必要な行為だと思うから。
現状をより良くするために。
情や執着心の削除。
現実を受け入れること。
そして、決断すること。
守りたいものがあるとするならば、それを行わなければいけない時もある。
自分を取り巻く環境すべてに通じることだと思うから。
私はそれを実行しようと思います。
そして、私を取り巻く環境の人たちにも、実行して欲しい、そんなふうに感じています。
受け入れず、状況が悪化する前に。
傷つく人が増える前に、手を尽くす。
手遅れになる前に。
もちろん取り戻したり、巻き返すことは可能だと思いますが、とても、とても長い時間が必要となることを忘れてはいけないですよね。
状況は変化しているから。
禮
2008年12月22日月曜日
2008年12月20日土曜日
削除
ステップアップをするために様々なものを自分の中に取り入れる。
「取り入れる」作業がとても重要で、例えば、知らないジャンルの本を読んでみたり、「グループ分け(ジャンル分け)」することなく様々な方と話してみたり、芸術に触れてみたり…
どんどん自分の「考えのアイテム」を増やしていくと、「その時」がきたときに怖くないですし。
先日もまた一つ、視野が広がった瞬間を体験しました。
質問に対するそれぞれの答えの関係性の齟齬を見つける作業をしていたときのことです。
全ての項目を肯定しているにもかかわらず、総合評価が「そう思う」ではなく「やや そう思う」を選択している人がいました。
「見つけた!」と思ったわけです。
しかし、それはチェックをなんなくスルーしてしまいました。
その理由として、
ひとつは「そこまで考えてなく、なんとなく ”やや そう思う”にしただけだから。日本人は自己主張することが苦手なので ”やや”が好きなんだ。」
それともうひとつ。
それは「たとえ、全てを肯定していても一つひとつが100%ではないから、総合評価にすると ”やや”になる」
というものでした。
なるほどと思いましたね。
一つひとつが100%ではないから。
人の感じ方のデリケートさに気づいた瞬間でした。
自分の考え方は「~だから、よって~なる」という、一見道筋立てているように思えますが、ある意味マニュアル化されてしまってたんですね。
事実と真実との違い。
目に見えている物事はごく一部で、真相というのは殆ど見えていないのかもしれないですね。
それでも、私たちは手にしている情報だけで判断し、決断をしなければならないのですが…
もうそうなると、あとは想像力を働かせて動向を決めなければならないのでしょうね。
正解(真実)なのかわからないまま。
ホント難しいですよね。
「想像する」
そこには「思い込み(イメージ)」も存在してしまうでしょうし、そうなると先にも記述しましたが、新しい見地というのが必要になってくると思います。
認識している以上に、状態は日々、変化していることが多いのかもしれないですね。
気付かぬうちに…
ステップアップの条件として、できるだけ正しい判断ができるようになるということも含まれると思います。
そのためには、時には「認識の削除」が必要になるということもある。
そんなことを考えた今日この頃でした…
禮
「取り入れる」作業がとても重要で、例えば、知らないジャンルの本を読んでみたり、「グループ分け(ジャンル分け)」することなく様々な方と話してみたり、芸術に触れてみたり…
どんどん自分の「考えのアイテム」を増やしていくと、「その時」がきたときに怖くないですし。
先日もまた一つ、視野が広がった瞬間を体験しました。
質問に対するそれぞれの答えの関係性の齟齬を見つける作業をしていたときのことです。
全ての項目を肯定しているにもかかわらず、総合評価が「そう思う」ではなく「やや そう思う」を選択している人がいました。
「見つけた!」と思ったわけです。
しかし、それはチェックをなんなくスルーしてしまいました。
その理由として、
ひとつは「そこまで考えてなく、なんとなく ”やや そう思う”にしただけだから。日本人は自己主張することが苦手なので ”やや”が好きなんだ。」
それともうひとつ。
それは「たとえ、全てを肯定していても一つひとつが100%ではないから、総合評価にすると ”やや”になる」
というものでした。
なるほどと思いましたね。
一つひとつが100%ではないから。
人の感じ方のデリケートさに気づいた瞬間でした。
自分の考え方は「~だから、よって~なる」という、一見道筋立てているように思えますが、ある意味マニュアル化されてしまってたんですね。
事実と真実との違い。
目に見えている物事はごく一部で、真相というのは殆ど見えていないのかもしれないですね。
それでも、私たちは手にしている情報だけで判断し、決断をしなければならないのですが…
もうそうなると、あとは想像力を働かせて動向を決めなければならないのでしょうね。
正解(真実)なのかわからないまま。
ホント難しいですよね。
「想像する」
そこには「思い込み(イメージ)」も存在してしまうでしょうし、そうなると先にも記述しましたが、新しい見地というのが必要になってくると思います。
認識している以上に、状態は日々、変化していることが多いのかもしれないですね。
気付かぬうちに…
ステップアップの条件として、できるだけ正しい判断ができるようになるということも含まれると思います。
そのためには、時には「認識の削除」が必要になるということもある。
そんなことを考えた今日この頃でした…
禮
2008年11月19日水曜日
曲名は「サマーヌード」
最近、ずーっと聴きたいと思っていたけど、アーティスト名も曲名も思い出せない曲がありました。
でも、サビとか口ずさんだりして、なんとか思い出そうと一ヶ月くらい格闘していました。
かれこれ13年くらい前の曲でしたかねぇ…
因みに、この曲はどういうわけか、あまり知っている人がいないんですよ。
それなりにヒットしていたと思うんですけどねぇ…
当時、よくカラオケで歌われているのを耳にしていたんです。
モヤモヤした日が続く中、それは突然やってきました。
ドライブ中のことです。
その方のipodから選曲していると…!!!
「~ブラザーズ」
そう、あの曲のアーティスト名も確か「~ブラザーズ」。
もしや…
即、確認ですよ。
「これってもしかして~♪(口ずさむ)な曲?」
「そうそう」
!!!
その時の気持ちといったら…!!!
「うっそ~っ!!!」ですよ!
まさにタイムリー。
超スッキリ!
めちゃめちゃ嬉しかったですよ。
だってずーっと聴きたかったんですよ。
即行聴かせていただきました。
超懐かしかったです。
そのCDは今、もちろん私の手元にあります笑
借りてしまいました。
同じアルバムの中で聴きたい曲がもう一曲あったんですけど、「ループスライダー」。
PUFFYがゲストボーカルとして歌っているんですけど、その曲もよくカラオケで聴いていたし、PUFFYのパートを歌わされてもいました笑
音楽って不思議ですよね。
こんなに人の心を大きく揺さぶるなんて。
曲、一曲でこんなに嬉しいとか、悲しいとか心が変化してしまう。
生きていくうえで直接的に必要ないアイテムじゃないですか、芸術とかって。
映画も音楽も絵画もオブジェも。
その他いろいろ。
でも、芸術がより人間らしい人生にしてくれているように思うんです。
人生を濃くするアイテムなのかなって。
そういったものがないと、ただ、生きるために生活しているだけという感じがしてしまうんです。
「動物的」みたいな。
必要だから、「音楽」という文化が発達したのかなって。
どの国にも、どの民族にも必ず存在してますよね。
ジャングルの奥地の先住民にも。
なので、私にとって音楽は人生を豊かにするための、欠くことのできない大切なツールになっています。
あ、因みにアーティスト名ですが、「真心ブラザーズ」です。
超お勧めですよ!
お試しあれ!
禮
でも、サビとか口ずさんだりして、なんとか思い出そうと一ヶ月くらい格闘していました。
かれこれ13年くらい前の曲でしたかねぇ…
因みに、この曲はどういうわけか、あまり知っている人がいないんですよ。
それなりにヒットしていたと思うんですけどねぇ…
当時、よくカラオケで歌われているのを耳にしていたんです。
モヤモヤした日が続く中、それは突然やってきました。
ドライブ中のことです。
その方のipodから選曲していると…!!!
「~ブラザーズ」
そう、あの曲のアーティスト名も確か「~ブラザーズ」。
もしや…
即、確認ですよ。
「これってもしかして~♪(口ずさむ)な曲?」
「そうそう」
!!!
その時の気持ちといったら…!!!
「うっそ~っ!!!」ですよ!
まさにタイムリー。
超スッキリ!
めちゃめちゃ嬉しかったですよ。
だってずーっと聴きたかったんですよ。
即行聴かせていただきました。
超懐かしかったです。
そのCDは今、もちろん私の手元にあります笑
借りてしまいました。
同じアルバムの中で聴きたい曲がもう一曲あったんですけど、「ループスライダー」。
PUFFYがゲストボーカルとして歌っているんですけど、その曲もよくカラオケで聴いていたし、PUFFYのパートを歌わされてもいました笑
音楽って不思議ですよね。
こんなに人の心を大きく揺さぶるなんて。
曲、一曲でこんなに嬉しいとか、悲しいとか心が変化してしまう。
生きていくうえで直接的に必要ないアイテムじゃないですか、芸術とかって。
映画も音楽も絵画もオブジェも。
その他いろいろ。
でも、芸術がより人間らしい人生にしてくれているように思うんです。
人生を濃くするアイテムなのかなって。
そういったものがないと、ただ、生きるために生活しているだけという感じがしてしまうんです。
「動物的」みたいな。
必要だから、「音楽」という文化が発達したのかなって。
どの国にも、どの民族にも必ず存在してますよね。
ジャングルの奥地の先住民にも。
なので、私にとって音楽は人生を豊かにするための、欠くことのできない大切なツールになっています。
あ、因みにアーティスト名ですが、「真心ブラザーズ」です。
超お勧めですよ!
お試しあれ!
禮
2008年11月1日土曜日
スペシャルな愛の唄
最近、「自分の『生き方』を貫くことが、どんだけ茨の道なのか」ということを思い知るできごとが立て続けに起き、悶々とした日々を送っていました。
うん…辛かったですね。
理想と現実の齟齬。
自分の「器」と必要とされる「器」。
モチベーションの補給と日々のやるべきこと。
ギリギリの状態で微妙なバランスをとりながらもグラグラ…
かなり危ない状態でした。
そして、いつも前に進もうとすると引き戻そうとする力が働いて、それを受け入れるべきなのか、自分の生き方を貫くべきなのか、相当悩みました。
「もうできない!ムリ!」と自棄を起こしそうになったこともありました。
「もう、いい加減手放してよ!」と逃げ出しそうになったこともありました。
まさに、「let me go」状態。
でも…
「everything happens for a reason」
考えましたよ。
たくさん考えました。
どの選択が結果的に「自分にとって」ベストなのかを。
もしかしたらというか、絶対、もっと自分より様々な面で「力」がある人だったら、違う選択、「皆がもっと幸せになれる選択」ができたと思います。
でも、結局、そんな器は持ち合わせてないんでしょうね。
できませんでした。
でも、周りの人たちに迷惑をかけてしまうであろう選択をしたのは、やはり「自分の生き方」を選択しないと結果的に周りの人に更に迷惑をかけてしまうことに繋がると思ったからです。
自分が自分でなくなってしまうと、ずっと演じ続けなければいけなくなりますし、そんなことは長く続けられるわけがなく、いつか壊れてしまうと思いますし、そうなれば、私を支えてくれている人たちに更に迷惑がかかってしまう…
結局は「負の影響」になってしまうと思いました。
それでも、私に「自分の生き方」の選択という決断の後押しをしてくれた人がいました。
無償。
その人は無償で私のために、たくさんの大切な「人生の時間」を費やしてくれました。
決断のタイムリミットが近づいて若干パニックぎみになったとき、独りの時間を作れるどこかリセットできる場所に行こうと、ふと思ったんです。
思いついた場所は「海ほたる」。
お勧めですよ「海ほたる」笑
「その人」は運転することがあまり得意ではない私に、海ほたるへの道をわざわざgoogle mapを開いて説明してくれました。
でも、それだけではなかったんです。
夜中まで仕事をして疲れているのに来てくれたんですよ、海ほたるまで。
海のど真ん中で待ち合わせてす。
知り合ってまだ、3ヶ月ですよ。
もちろん、恋人とかそういう関係でもなく。
「その人」は私を”仲間”だと言ってくれました。
人との繋がりって時間じゃないんですね。
不思議なもので私も「その人」を身内のように感じます。
理屈じゃない、何か最初から決まってた特別な繋がりみたいなものです。
私が出した答えは、
「迷惑をかける量がどんなに多くても、たった一人のこの人のこの無償の行いに応えたい、それでいいじゃない。きっと私なら大丈夫、できる。」
勇気をもらいました。
それと、もう一人。
小さいけど大きな存在。
娘です。
不自由な思いをさせたり、寂しい思いをさせて、おそらく、一番迷惑をかけている相手です。
その娘から仕事終わりにメールがきました。
いつものお休みメールです。
残業で娘が寝る前に帰れないので…
いつも「お休みなさい。お仕事がんばってね。」という内容のものが送られてくるのですが、その日は違うことも書かれていました。
それは「Greeeen」の歌の歌詞。
”ただ泣いて笑って過ごす日々にとなりに立って居れることで君と生きる意味になって君に捧ぐこの愛の唄”
びっくりしました。
このタイミングでこのメール、一瞬で涙腺が反応しましたよ笑
娘がこんなことを書いてくるなんて初めてで、本当に驚きました。
彼女なりに何かを感じているのでしょうね。
まだ子どものなのに私をわかっていてくれてたんです。
可哀想な思いをいっぱいさせているのに…
うん、嬉しかったです。
勝手に私を「引き戻す」原因の一つだと思っていた娘に、逆に励まされました。
きっと娘なら大丈夫。
このメールと「その人」の励ましに支えられ、前に進むことを決断でき、本当に感謝してます。
昨日の海ほたるでみた「日の出」がとてもキレイで感動的だったので、この連休に娘を連れて行ってあげようと思っています。
三連休の半ばの明日は仕事ですが、明後日、洋服を着たまま寝て5:00AMに家を出発するというような日の出ツアーの計画を娘に話したらとても喜んでいました。
楽しみにしているみたいです。
そして、
私は今、「自分の人生」を生きてますよ。
みなさんは「自分の人生」を生きてますか?
禮
うん…辛かったですね。
理想と現実の齟齬。
自分の「器」と必要とされる「器」。
モチベーションの補給と日々のやるべきこと。
ギリギリの状態で微妙なバランスをとりながらもグラグラ…
かなり危ない状態でした。
そして、いつも前に進もうとすると引き戻そうとする力が働いて、それを受け入れるべきなのか、自分の生き方を貫くべきなのか、相当悩みました。
「もうできない!ムリ!」と自棄を起こしそうになったこともありました。
「もう、いい加減手放してよ!」と逃げ出しそうになったこともありました。
まさに、「let me go」状態。
でも…
「everything happens for a reason」
考えましたよ。
たくさん考えました。
どの選択が結果的に「自分にとって」ベストなのかを。
もしかしたらというか、絶対、もっと自分より様々な面で「力」がある人だったら、違う選択、「皆がもっと幸せになれる選択」ができたと思います。
でも、結局、そんな器は持ち合わせてないんでしょうね。
できませんでした。
でも、周りの人たちに迷惑をかけてしまうであろう選択をしたのは、やはり「自分の生き方」を選択しないと結果的に周りの人に更に迷惑をかけてしまうことに繋がると思ったからです。
自分が自分でなくなってしまうと、ずっと演じ続けなければいけなくなりますし、そんなことは長く続けられるわけがなく、いつか壊れてしまうと思いますし、そうなれば、私を支えてくれている人たちに更に迷惑がかかってしまう…
結局は「負の影響」になってしまうと思いました。
それでも、私に「自分の生き方」の選択という決断の後押しをしてくれた人がいました。
無償。
その人は無償で私のために、たくさんの大切な「人生の時間」を費やしてくれました。
決断のタイムリミットが近づいて若干パニックぎみになったとき、独りの時間を作れるどこかリセットできる場所に行こうと、ふと思ったんです。
思いついた場所は「海ほたる」。
お勧めですよ「海ほたる」笑
「その人」は運転することがあまり得意ではない私に、海ほたるへの道をわざわざgoogle mapを開いて説明してくれました。
でも、それだけではなかったんです。
夜中まで仕事をして疲れているのに来てくれたんですよ、海ほたるまで。
海のど真ん中で待ち合わせてす。
知り合ってまだ、3ヶ月ですよ。
もちろん、恋人とかそういう関係でもなく。
「その人」は私を”仲間”だと言ってくれました。
人との繋がりって時間じゃないんですね。
不思議なもので私も「その人」を身内のように感じます。
理屈じゃない、何か最初から決まってた特別な繋がりみたいなものです。
私が出した答えは、
「迷惑をかける量がどんなに多くても、たった一人のこの人のこの無償の行いに応えたい、それでいいじゃない。きっと私なら大丈夫、できる。」
勇気をもらいました。
それと、もう一人。
小さいけど大きな存在。
娘です。
不自由な思いをさせたり、寂しい思いをさせて、おそらく、一番迷惑をかけている相手です。
その娘から仕事終わりにメールがきました。
いつものお休みメールです。
残業で娘が寝る前に帰れないので…
いつも「お休みなさい。お仕事がんばってね。」という内容のものが送られてくるのですが、その日は違うことも書かれていました。
それは「Greeeen」の歌の歌詞。
”ただ泣いて笑って過ごす日々にとなりに立って居れることで君と生きる意味になって君に捧ぐこの愛の唄”
びっくりしました。
このタイミングでこのメール、一瞬で涙腺が反応しましたよ笑
娘がこんなことを書いてくるなんて初めてで、本当に驚きました。
彼女なりに何かを感じているのでしょうね。
まだ子どものなのに私をわかっていてくれてたんです。
可哀想な思いをいっぱいさせているのに…
うん、嬉しかったです。
勝手に私を「引き戻す」原因の一つだと思っていた娘に、逆に励まされました。
きっと娘なら大丈夫。
このメールと「その人」の励ましに支えられ、前に進むことを決断でき、本当に感謝してます。
昨日の海ほたるでみた「日の出」がとてもキレイで感動的だったので、この連休に娘を連れて行ってあげようと思っています。
三連休の半ばの明日は仕事ですが、明後日、洋服を着たまま寝て5:00AMに家を出発するというような日の出ツアーの計画を娘に話したらとても喜んでいました。
楽しみにしているみたいです。
そして、
私は今、「自分の人生」を生きてますよ。
みなさんは「自分の人生」を生きてますか?
禮
2008年10月28日火曜日
「おくりびと」
観て来ましたよー。
本木雅弘主演の映画です。
結論からいうと、持参したハンカチは涙と鼻水でビショビショになりました。
この映画には様々なテーマが散りばめられていて、観る人によって、感じ方や落としどころが、きっと全く違うのでしょうね。
観終わった後は、ホント、いろんなことを考えちゃいました。
納棺師の話だったんですけど、ところどころ「遺体側」目線のアングルで撮られているところがあるんですよ。
旅立っていった人たちの気持ちを想像してみたり、もし、自分が置いてく側になったらなど…考えちゃいましたね。
また、親子の結びつきみたいな題材もあり、娘と彼女の父親との関係について考えました。
今の娘と彼女の父親との関係の状態は、ある意味、私が作り上げてしまってるところがあるので、罪悪感みたいなものがすごい勢いで押し寄せましたよ。
そうなると自分のエゴとも向き合わなければなりませんし、苦しいですね…
観る人によって、賛否両論ありそうですが、とりあえず、「観る価値あり」な映画です。
「すごい良かったよ~!お勧め~!」みたいな盛り上がって言えるような感じはしっくりこないですけど、先にも言いましたが「価値ある映画」という言葉が一番近いですかね。
また、時期を置いてから観てみたいです。
その時の自分のコンディションによって、ピックアップするテーマが変わりそうなので。
うん、お勧めです。
禮
本木雅弘主演の映画です。
結論からいうと、持参したハンカチは涙と鼻水でビショビショになりました。
この映画には様々なテーマが散りばめられていて、観る人によって、感じ方や落としどころが、きっと全く違うのでしょうね。
観終わった後は、ホント、いろんなことを考えちゃいました。
納棺師の話だったんですけど、ところどころ「遺体側」目線のアングルで撮られているところがあるんですよ。
旅立っていった人たちの気持ちを想像してみたり、もし、自分が置いてく側になったらなど…考えちゃいましたね。
また、親子の結びつきみたいな題材もあり、娘と彼女の父親との関係について考えました。
今の娘と彼女の父親との関係の状態は、ある意味、私が作り上げてしまってるところがあるので、罪悪感みたいなものがすごい勢いで押し寄せましたよ。
そうなると自分のエゴとも向き合わなければなりませんし、苦しいですね…
観る人によって、賛否両論ありそうですが、とりあえず、「観る価値あり」な映画です。
「すごい良かったよ~!お勧め~!」みたいな盛り上がって言えるような感じはしっくりこないですけど、先にも言いましたが「価値ある映画」という言葉が一番近いですかね。
また、時期を置いてから観てみたいです。
その時の自分のコンディションによって、ピックアップするテーマが変わりそうなので。
うん、お勧めです。
禮
2008年10月16日木曜日
幸せの認識と存在理由
今日はとても嬉しいできごとがありました。
私の職場には身体に障害を負った方もいるのですが、今朝、私が出社すると、私のマグカップにお茶を注いで持ってきてくれたんです。
私はまだ入社して3ヶ月も経っていないのですが、いつの間にか私のマグカップを覚えてくれてたんですね。
彼は脳にも障害が残ってしまっているようで、精神年齢も幼いといった印象を受けました。
彼の様々な「経緯」は社長から伺っていましたが、そこには、ほんとに様々なドラマがあり、それぞれの思いもあり、そして、たくさんの「愛」があるのかもしれません。
社長から話しを受けている間、泣きそうになってしまったことを覚えています。
私は彼に接する度に、障害を負う前の彼を想像してしまいます。
お会いしたことのない彼のご家族のことも考えます。
そして、人間の幸せの認識や、存在理由について思いを巡らせてしまいます。
障害を負う前の自分を彼が覚えているのかは知りませんが、今の自分を受け入れているように見えますし、以前の彼がしていたような職種とはまったく違う、今の職場での「彼の仕事」になんの躊躇もなく取り組んでいるように見えます。
私はシングルマザーなので夫は存在しませんが、もし、自分の愛する夫がある日突然、別の人格になってしまったら…
私はどんなふうに感じて、どんな行動をとるのか想像がなかなかできないです。
きっと物理的にも精神的にも依存していることが沢山あると思いますし、…心細く感じるかもしれません。
それと「寂しさ」もあると思います。
それでも、もちろんネガティブな要素だけではないと思いますが、やはり、当人になってみないとわからないですね。
この事柄については、1回のブログではなかなか完結しないでしょうね。
というか、答えなんてそれぞれ違うものなのは当然ですし、今の自分とその先の自分とでは全く違う感じ方をするかもしれませんし。
ただ、この先も彼に接する度に私の頭の中はフル回転になるでしょうし、ますますコンフューズド状態になってしまうのかもしれませんね。
はい、ずっと考えてみます。
禮
私の職場には身体に障害を負った方もいるのですが、今朝、私が出社すると、私のマグカップにお茶を注いで持ってきてくれたんです。
私はまだ入社して3ヶ月も経っていないのですが、いつの間にか私のマグカップを覚えてくれてたんですね。
彼は脳にも障害が残ってしまっているようで、精神年齢も幼いといった印象を受けました。
彼の様々な「経緯」は社長から伺っていましたが、そこには、ほんとに様々なドラマがあり、それぞれの思いもあり、そして、たくさんの「愛」があるのかもしれません。
社長から話しを受けている間、泣きそうになってしまったことを覚えています。
私は彼に接する度に、障害を負う前の彼を想像してしまいます。
お会いしたことのない彼のご家族のことも考えます。
そして、人間の幸せの認識や、存在理由について思いを巡らせてしまいます。
障害を負う前の自分を彼が覚えているのかは知りませんが、今の自分を受け入れているように見えますし、以前の彼がしていたような職種とはまったく違う、今の職場での「彼の仕事」になんの躊躇もなく取り組んでいるように見えます。
私はシングルマザーなので夫は存在しませんが、もし、自分の愛する夫がある日突然、別の人格になってしまったら…
私はどんなふうに感じて、どんな行動をとるのか想像がなかなかできないです。
きっと物理的にも精神的にも依存していることが沢山あると思いますし、…心細く感じるかもしれません。
それと「寂しさ」もあると思います。
それでも、もちろんネガティブな要素だけではないと思いますが、やはり、当人になってみないとわからないですね。
この事柄については、1回のブログではなかなか完結しないでしょうね。
というか、答えなんてそれぞれ違うものなのは当然ですし、今の自分とその先の自分とでは全く違う感じ方をするかもしれませんし。
ただ、この先も彼に接する度に私の頭の中はフル回転になるでしょうし、ますますコンフューズド状態になってしまうのかもしれませんね。
はい、ずっと考えてみます。
禮
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