2008年8月5日火曜日

実る稲穂

今日は会社の社長のお誕生日でした。
社員のお誕生日にはケーキを皆で食べるのが決まりなのだそうです。
社長はとても嬉しそうにケーキを食べ、決して高い物ではないプレゼントも喜んでいましたよ。
一応、嬉しそうにするとかではなく、本当に皆の「行為」を喜んでくれていたという感じ。
まさに「実る稲穂」なんです。
私まで嬉しくなり、とても幸せな気分になれました。

最近、様々な役付きの方達とお会いする機会があったのですが、どの方もそれぞれ哲学や品があり、タイプこそ違いますが、見習いたいと思えるような方達ばかりでした。
しかし…

先日お会いした福祉の会社の課長だか部長だかわかりませんが、役付きの方は何か勘違いをしているのでは?と思えるような方でした。
福祉と聞くとそれだけで美しいものを想像し、そこに勤める方にも期待してしまいましたが、私は世間知らずすぎたのかもしれませんね。
福祉といえども、所詮は「商売」なんですよね。
きれい事だけではやっていけないとは思いますが、少し悲しかったです…

しかし、不愉快な思いこそしましたが、むしろ感慨深かったですね。
良い勉強になりました。
せっかく人間に生まれてきたのだから、人との出会いや繋がりは大切にしたいです。
そのほうが周りも幸せだし、自分自身も絶対楽しいと思うんですよね。
同じ出会いでも、相手に不快感を与える人なのか、素敵な時間を提供しようとする人なのか…
どうせ生きるのなら、私は後者を選びたいですね。
うちの社長のように…!

2008年7月29日火曜日

向こう側の命

とある小さな貿易会社が求人広告を掲載したところ、応募者が111人!
しかも採用は1人のみ。
1/111ですよ。
やはり日本の景気は下降の一途をたどっているようですね。
大手企業はあまり正社員を採らず、契約社員を多く雇い、働き盛りのコンシューマー達は収入が少ないので当然需要が少なくなる。
人件費削減→収入減→節約→売上高減→人件費削減…
まさに負の輪廻ですね。
どこかで「不景気」という概念を捨てて、皆で「いっせーのーせっ!」と輪廻を崩すという訳にはいかないのでしょうか…

収入が少ないと色々と不便だったり、我慢しなければならなかったりしますが、「切り替え」って大切だと思います。
以前の裕福な生活だったり不自由ない生活というのは、もちろん魅力的です。
しかし、いつまでも余韻に浸っていると取り返しがつかなくなります。
また、スパッと切り替えができる人は、どんな状況になっても巻き返すことができ、結局様々な分野で成功することができるようです。

それに日本人が口にする「貧乏」と発展途上国の人が口にする「貧乏」は程度が違いますよね。
私の友人のご家族の方は、アフリカの里親を養っているそうです。
具体的な金額は忘れてしまいましたが、私たちの一回分の飲み会代くらいだったと思います。
私たち日本人は一回の友人との集まりを我慢すれば命が助かる人たちが存在することを認識しなければいけないのかもしれませんね。

もっと「向こう側」へ目を向けて。

2008年7月25日金曜日

答えは風の中

実は先日からアメブロにもブログを載せ始めたのですが、さすがアメブロ、誰にもお引越しを伝えていないのに、アクセスされた方がいるなんてホントに驚きです。
良かったらそちらもチェックしてみてください!
http://ameblo.jp/reyken/


そもそも何故ブログを始めたかというと、「自分の中の変化を知ってほしい」という欲が出てきたからで、自分発信が目的でした。
今まで見えてなかった物が急に見えるようになることってあるんですね。
一年ちょっと前くらいにそれは起きました。
「見えてなかった」のか、「見なかった」のかはわかりませんが、価値観が大きく変化したんです。
だから、今までの人生の中で、この一年が一番楽しかったですよ。


「自分の変化を知ってほしい」という欲がでると、どのようなことになるのか。
私の場合は、メールが長くなりましたね。
友人からも「長っ!」とつっこまれる始末…
また、各友人へのメールが長くなるので時間もかかります。


メールしている時間も「人生の時間」を使っているので、人生を振り返った時に、「メールしてた」の割合が多くなると「メールしてた人生」に極端にいうとなってしまう。
つまり「今」の積み重ねが「人生」ということなのだと。


なので以前は割りと先読みして、安全な未来を選択して今が身動きとれないことが多かったのですが、最近は「今」を選択することが多くなりました。
これは刹那主義とはちょっと違うのですが、「今を生きる」ことが「人生を生きる」ということになるのだと思います。
無計画はあまりよくないと思いますが、タイミングこそ違っても人それぞれ、がむしゃらに生きなきゃいけない時ってあると思うんです。
勉強、仕事、遊び、福祉、家族、なんでもいいのですが、この先どうなるかわからないけど、とりあえず一生懸命やってみたということが後々に繋がっていくことってあると思います。
でもそれは受動的では気づかないので、その「後々」がきた時にあくまでも自分で見つけ出すものなんですけどね。
まさに「答えは風に舞っている」ですね。


私は「人生」を生きてますよ笑。
皆さんは「人生」を生きてますか?


2008年6月25日水曜日

価値観の肯定

以前、「ヒトラーの贋札」という映画を観ました。
収容所に入れられたある特定のユダヤ人達が偽札作りをさせられた事実に基づいて作られた映画です。
彼らは他のユダヤ人とは違って、とても優遇された環境で偽札作りをさせられていました。
清潔なシーツ、クラッシック音楽のBGM、睡眠、食事、タバコ、自由時間…
しかし、監視された塀の中。
つまりはナチスは”彼ら”を優遇していた訳ではなく、”彼らの技術”を優遇していたのです。
印象的なシーンは、ユダヤ人が食事をしているところにナチスの兵士が入ってくるところです。
彼らはそのナチス兵士が入ってくると、一斉にスプーンをおいて椅子から立ち上がり、直立不動になるのです。
敬意を表したようにも見えるその行為は、とても悲惨で涙が溢れました。
「なんでこんなことになってしまったんだろう?」
同じ人間なのに、何故?
本当に戦争は悲惨なのだと痛感しました。
更にナチスは偽札作りの完成に期限を設けました。
期限までに完成させなければ、偽札作りをさせられているユダヤ人のうち5名を処刑すると。
彼らは必死になって偽札作りをしますが、それぞれ葛藤があり、あるユダヤ人はわざと版画に傷をつけて偽札作りを遅らせるのです。
ドイツ軍に加担するようなことはできないと。
ただ一人、自分の思う正義のために。
当然、仲間達からは非難され暴力を受けたりしました。
仲間の命がかかっているのですから。

私が思ったことは、それぞれに言い分があって、それぞれに正しいと思ったことをしているということです。
偽札作りを遅らせた彼も、彼の中の正義を臆することなく貫いただけであり、期限内に間に合わせようとした人も、仲間の命を救うために必死に偽札作りに励み、処刑を宣告されている5名も、自分の命を守るために偽札作りをわざと遅らせている仲間を痛めつけてまで必死に妨害をやめさせようとする。
更には、期限を言い渡したナチス兵士も、上官から命令されたことを行っただけで、もしかしたら本当はユダヤ人を殺したりしたくなかったかもしれない。
それぞれに正義や苦しみ、葛藤があったのかもしれないと。
後にこの偽札作りを遅らせて、裏切り者呼ばわりされたユダヤ人は終戦後、ヒーローとして尊敬されるようになりました。
つまりは、誰があってて誰が間違っているということがない、それが戦争なのだと思います。

常識や社会正義などはもちろん大切だと思います。
しかし、「こうあるべき」というのはとても危険な考え方に思えました。
”正義”は人それぞれであって、例えばアメリカではベトナム戦争といいますが、ベトナムではアメリカ戦争という。
価値観の押し付けや肯定できないということは視野が狭くなるだけではなく、更には恐ろしい結果を招くこともあるということを認識しなければいけないと思います。
それは、身近な様々なことにも言えますよね。
会社などの組織の中、更には家族という組織の中も。
子育てなどはそういった結果が顕著にあらわれるので、とても怖いです。
厄介なのは、価値観の押し付けになかなか気づきにくいということです。
本人は”正しいことをしている”と思っているのですから。
貫くことも大切ですが、時には先入観を持たずに相手の話にじっと耳を傾け、その知見のメリットを見つける作業をするというのも良いのかもしれませんね。
違った角度から見たら、自分が思っていたものとはぜんぜん違ったものだった!なんてこともあるかもしれませんよ。

2008年6月22日日曜日

地球温暖化について

先日、みなとみらいにお買い物に行ってきたのですが、とても良い天気で気持ち良かったですよ。
みなとみらいまではドアtoドアで約15分という距離なのでよく行きます。
ランドマークや観覧車、マリンタワーも自宅から見えるんですよ。
(ランドマークタワー↓)
横浜は緑が適度にあり、歴史的建造物もあるので歩いているだけでも情緒があって楽しいですよ。
ドラマの撮影などにもよく使われるようで、撮影のロケ現場をちょくちょく目にします。


広々としていて気持ちいいなぁ…と空を見上げながら歩いていたら見たことのない鳥を見つけました。
頭が黒くて、尾っぽが濃いみどり、ひな鳥(ギャーギャー鳴く果物を食べる割とよく見かける鳥)くらいの大きさ…
自然が多いせいか様々な鳥が集まるのでしょうね。
自然とビルとの共存、環境に配慮した横浜、素敵です。
そして、しばらく歩くとビルの上に大きな扇風機のような物を見つけました。
「風力発電」です。
このビルの向こう側にも海沿いに大きな風力発電が見えました。
太陽光発電に比べると風力発電の設置のほうが安価だと聞いたことがあります。
これからはCO2削減のためにも各家庭に一台、なんらかの発電機を設置するようになるかもしれないですね。

CO2削減といえば、先日、我が家の給湯器を新しくしました。
ガス代は古いものと比べてもたいした差はなく、給湯器設置にかかった金額は10年くらいでもとが取れるという程度。
しかし10年経ったら、また新しいものに取り替えないといけない時期ですよね。
なので得をするというものでありませんでした。
ただ、CO2削減という面においては随分と違うようです。
古紙のリサイクルなどもそうですが、CO2削減のためにはむしろコストがかかるのかもしれませんね。
それでも私達は、たとえコストがかかってもCO2排出量の少ない方を選択しなければいけない時期に差し掛かっているのでは?

残念なことに地球の温暖化は急速に進んでいるようです…
餓死しているシロクマの姿は、近い将来の人間の姿なのかもしれないですね。
「近い将来の人間の姿」というと漠然としていますが「あなたの子どもの姿」「あなたの孫の姿」と具体的に言えば実感が湧くでしょうか…
本当に怖いです。
しかしこの表現は、決して大げさではないと思っています。

先日「不都合な真実」というDVDを観ました。
アルゴア元副大統領によって製作されたもので、地球温暖化を取り上げたものです。
皆さんも是非観てみてください。
全てを鵜呑みにする訳ではありませんが、あながちでたらめなデータではないようです。
現在、北極は消滅の危機に瀕しているそうです。
北極が溶けてなくなってしまうと、氷は赤外線をはじくのですが水は吸収してしまうので北極跡の海水が温められてしまうため、暖流寒流の流れが乱れ干ばつや豪雨が続くようになります。
また、グリーンランドの半分と南極の半分が溶けたり、割れたりして海中に滑り落ちると、世界中の海面は約6メートル上昇し、世界地図を描き直さなくてはならなくなるということです。
おそらく大好きな横浜も海の底に沈むのでしょうね。

本当になにから手をつければよいのかわからないくらい温暖化は進んでしまっていますが、わからないなんて言ってられないです。
未来の子ども達のためにも、そして私の娘のためにも。
できることはどんどん実践しなければ!
マイ箸やエコバッグを持つ、極力車は乗らずに公共機関を利用する、電気をこまめに消す、リサイクルに力を入れる等…
「見えないこと」は決して「無いこと」ではないんですね。
みんなで協力して温暖化を食い止めなければ!
もう、時間がないみたいです。
直し方も知らずに破壊し続けてしまった私達人間が、今度は不便やお金をかけて直さなくてはいけないんですね。
すでにたくさんの動物が犠牲になっています。
反省しましょう。

2008年6月21日土曜日

バングラデッシュ

15日のモバイルアートを見た後に代々木公園で開催されていたバングラデッシュフェアに寄って来ましたが、なんでもバングラデッシュはインド亜大陸の東端にある国らしく、カレーやナンといったインドの物が多くありました。
飲み物は色々売っていて、日本でもよく飲まれているビールもあったのですが、せっかくだからということでマハラジャビールを飲むことにしました(昼間から…!)。
マハラジャビールの味は若干水っぽくて薄めという感じ。
インドカレーを売っていた店員さんに「辛いのは好きか」と聞かれたので「好きです」と答えたところ、「特別サービス」と言いながら何やら赤いパウダーをドバドバと入れられ…めちゃめちゃ辛いカレーを食べることになりました。
でも、とてもおいしかったですよ笑。


公園の中は、とてもキレイな民族衣装をまとった現地の方達がたくさんいて、目が合って笑いかけると向こうもニコっと微笑み返してくれるので、とても感じがよく、心が和みました。
そういうのって日本人にはあまりみられないですよね。

バングラデッシュについてはあまりよく知らなかったのでちょっと調べてみたのですが、現在バングラデッシュでは食料品が高騰していて大変みたいです。
日本でも値上がりしていますが、バングラデッシュのお米は半年で50%も値上がったそうです。
しかも家計の70%を食費が占めているそうで、エンゲル係数がとても高い。
しかし、今や食糧難はバングラデッシュに限らず世界各国でみられ、特に発展途上国では深刻みたいです。
私たち日本人は身辺だけを見回して「大変だ」と騒いでいますが、更にもっとその先へ目を向けると向こう側には比較にならない程、大変な状況があることを認識しなければいけないのかもしれないですね。
食糧難に関して私たちができることはいくつかあると思いますが、私のようなどうすれば良いのかわからないという人は、WFP(国連世界食糧計画)などに寄付をするというのも具体的でいいと思います。

困っている人がいたらできるだけ助けになりたいですし、そういうことって巡りめぐっていつか自分に帰ってくるものだとも思いますし。
まさに「一人はみんなのために、みんなは一人のために」ですね。

2008年6月18日水曜日

あたりまえのこと

日曜に国立代々木競技場で開催されているシャネルのモバイルアートに行って来ました。


前売り券、当日券は全て完売だったので、キャンセルがでるまで並ぶことにしました。
スタッフの説明では、2~3時間はかかるということでしたが、小一時間程で入れましたよ。
中に入ると、まずヘッドホンを渡されます。
サウンドウォークという音声ガイドに導かれながら体験していくという形態で、なかなか面白かったです。
展示されているものは創作側の意図がもちろんあると思いますが、感じ方は人それぞれで、一緒に行った友人と私とでも全く違う感じ方をしていたようです。

私が中でも印象深かったのは ”AT THE BOTTOM" という作品で、大きな植木鉢のような筒を上から覗き込むと、壁面にいくつかの映像が映し出されるという物。
蝶やトンボのような昆虫の羽がひらひらと落ちて波にさらわれていくというような映像を見ながら色々なことを連想してしまいました。
最近、悲しいできごとが続きましたよね。
中国の地震、秋葉原の殺人事件、宮城岩手の地震。
落ちていく昆虫の羽が人の命だったり魂に思えて、波にさらわれて遠くに行ってしまったように感じてしまい、見ていて胸が苦しくなりました。
亡くなった方の中には、幼い子どもや志半ばで人生の幕を閉じた若い方もいましたよね。
私達は生きていること、それだけでも幸せなことであり、感謝しなければいけませんね。

そして今日6月18日は私の一番上の姉の命日で、わずか7歳で人生を終えたそうです。
早くに亡くなる人は良い人が多いと言いますが、姉も例外ではなくとても思いやりのある我慢強い健気な子だったようです。
母は「彼女は一生分の思いやりを7年間で使い切ったのよ」と言っていました。
姉が亡くなった1ヶ月後に私が生まれたので、私は直接姉に会ったことはありませんでしたが、姉が亡くなって35年経った今日、初めて姉のアルバムを見ました。
母は今まで辛くて写真を見れなかったそうです。
でも急に姉を忘れ去ってはいけないと思えたらしく、姉が大好きで最後に口にしたというスイカや様々な果物をたくさん買って帰ってきました。
私も母親になり、今なら母の気持ちが痛いほどわかります。
先ほどアルバムを見せてもらいましたが、辛かったですね。
生まれてから少しずつ成長していく姉。
とてもかわいい赤ちゃんで、父も母もとても嬉しそうに抱っこしていました。
動物園や海水浴の写真。
幼稚園に上がり、日付も徐々に進んでいく。
この写真の一年後、この半年後、この2ヵ月後…
そんなふうに考えると涙が溢れてきました。
父と母は私の娘に彼女の人柄や闘病中の話などを聞かせていました。
「健康で生きていることを当たり前だと思ってはいけない。命あることに感謝をしなくては」と。

様々なことにおいて、慣れてしまうとあたりまえになってしまうものなのですね。
「学校があることがあたりまえ」「蛇口から清潔な水が出てくることがあたりまえ」「家族がいてあたりまえ」「生きていてあたりまえ」
私達はつい有限を無限のことのように錯覚してしまうのかもしれないですね。
大切にできる存在があるうちは、目一杯大切にする。
だって失って初めて気づくなんて、そんなの哀しすぎます。
私も、もっと娘を大切に育てようと思いました。
そして、両親や、私を支えてくれている様々な人達も…
ホント感謝です!
でも普段は忙しくて忘れてしまいがちなんですけどね…
せめて思い出した時はありがとうの気持ちを何らかの形で表してみるのも良いかもしれないですね!